ちーちゃんのブログ。

ポンコツ系エニートが言葉を綴る何でも日記。

1年経ったので紡いどくね。

こんにちは。

いつも自己満だけど、今日も自己満で紡いどきます。

 

ラジオ感覚でお読みになってくださいませ。

 

 

私は今、インターン先で一応ライターとしてお仕事しています。

高校の時にもライターはしていたのだけど、長くは続かなくて。

 

1年続いたのは、ライターとしてだけじゃなくて、働くことでも初めてのことでした。

 

この1年間、色んなことがありました。

慣れないことが盛りだくさんで、苦しかったり辛かったりも沢山ありました。

 

でも、その中で小さな嬉しいも沢山ありました。

 

まずは先輩という存在ができたこと。

私の人生において、先輩という存在がいた事はほとんどありませんでした。

 

中学校の時は陸上部に居たけど、10ヶ月で辞めて、学校にも行かなかったし。

高校はもはや1期生だったから、上の立場の人が居なかった。

大学に入ってからもサークルに入らず、インターンと言葉の発信地ヒカリテラス、他の活動ばかりをしていたので、先輩と関わりを持つ機会なんてありません。

 

だから、先輩がいる環境がとても珍しくて嬉しかったです。

 

それでも、年下だからと甘えてはいけない、年齢に甘えてはいけないと思うことも多くて、後輩らしくはなれなかったけど。

 

暖かく見守ってくれたり、可愛がってくれたり、そういう存在が居なかった私にとって、幸せな気持ちでいっぱいでした。

 

つい先日を境にたくさんの先輩が卒業されてしまったので、なんだか寂しいです。

 

 

 

それに頑張ってきたことが認められてきたのも嬉しかったです。

 

私は頑固な性格です。こだわりが強すぎるが故にこだわりを曲げたくはないし、妥協もできません。

 

昔はそれが仇になってなのか生産性がとても悪くて、色んな人に「質はいいけど執筆スピードがねぇ…」と言われてしまうこともあり、

あー私、ライター向いてないのかもなぁって思うことも多々ありました。

 

でも、月日が経ち、慣れで執筆スピードも上がり、たくさんの人から認められるようになってきました。

 

文章が好きって言ってくれる人が増えてきたのがとっても嬉しかったです。

 

そして運良く賞もいただいて、コアなチームいれてもらって。

 

見てもらえてるんだな、ちゃんと評価してもらってるんだなって嬉しくなりました。

 

 

ここ最近は、コアなチームに入ったことによるプレッシャーを人並み以上に感じてしまっていて、押しつぶされそうで精神衛生がかなり悪いのですが。

 

チームリーダーのお姉ちゃんと「絹豆腐メンタルから胡麻豆腐メンタルになる」と約束したので、心もつよつよになれたらなと思っています。

 

 

 

 

最後にね、私はメディアのお仕事をすることがずっと夢でした。

 

小学校の頃は、色んな雑誌を読んでは自由帳に絵や見出しとか文章を書いて、雑誌みたいなものを作るくらい憧れで。

 

不登校になり始めの時は、しょこたんの新聞記事を切り抜いて生き凌いでたくらいで、

 

高校の死にかけ寸前の時は、ライターになって記事を発信することが生きる希望になってました。(だから高校生編集部をはじめた。)

 

 

ライターなんか誰にだってできる仕事だ。

こんな若い時にわざわざ始める仕事なんかじゃない。

 

そんなことを言ってくる意地悪な大人もいたけど、私は高校生のうちからライターになって働いてる現状に後悔はしていないし、とても幸せです。

 

好きなことを仕事にして、憧れていたことをできているんだから。

 

できるだけ人生に妥協せず生きたいんです。

 

大学も行きたい。でも大学の専門だけじゃなくて色んな勉強がしたい。

生きづらさや自殺対策についての勉強や活動もしたい。

メディアの仕事がしたい。メディアを運営してみたい。

カラコンをつけてみたい。ウィッグをつけてみたい。

可愛いお洋服やコスメを自分のお金で買って身につけてみたい。

 

ライターだって、今そのチャンスがあってやりたいと思ったからはじめました。

 

高校生の時に、たくさんライターの面接に行って落とされてきたから。

 

だから、こうやってライターとして働いて一喜一憂できている今がとても幸せ。

 

 

とっっても幸せだぁぁぁぁぁ。

昔ならありえなかったけど、今はそのありえなかったことをできてて、人生って面白いですね。にっこり。

 

それではおやすみなさい。ぱおん。

 

 

 

 

 

20になる私はもう「不登校当事者」なんて言えないかも。

こんにちは。かれこれ長いこと不登校について語ってきてるんだなぁとしみじみしています。

 

私が不登校生活をスタートしたのは、今から7年も前のことになるんですね。逆に終止符を打ったのは今から4年前。

 

歳を重ねるにつれてたったの数年はあっという間だと言いますが、もうとっくに昔の出来事なんだと感じます。

 

今日は当事者意識の話を書きますね。

 

 

何を以て当事者なんだろう。

 

まず当事者という言葉は、

その事に直接関係を持つ人のこと。また、起きている物事を直接体験し、影響を受けた人のことを指します。

 

はっきり言うと、不登校当事者だとどんな時も言い切って大丈夫なようです。

 

ただ、現在進行形で不登校という訳ではないので、普通に生きていけば、不登校だった時の話は過去に過去にしまわれていくわけです。

 

そうやって過去へとしまわれていく中でも、

他の不登校生は、今不登校生として何かしらの影響を受けていて、

 

その影響は、過去の私と今の不登校生ではまた違うものである時、

 

同じ境遇だった、同じ経験をした当事者同士になりうるのかと考えてしまいます。

 

不登校になった経緯、不登校時代の苦しい記憶や心の傷は消えるわけはありません。

 

時間が解決してくれるんじゃないかと思ったこともあったけど、傷は薄くもなってはくれませんでした。

 

だから、記憶が薄れていくわけではないんです。

 

でも、人間の記憶って自分の都合の良いように書き換えてしまえるデタラメなものですし、

 

社会や私たちを取り巻く環境は、日々刻々と変わっていくから、昔と今では不登校生が受ける影響も変わっていく。

 

私はそんな古い不登校当事者としての思いを抱きながら、今この瞬間に苦しんでいる不登校生に、

 

寄り添う気持ちがあったとしても、当事者として寄り添えるのか。時代が違えど、共感できるのか。

 

疑問点がポツポツと出てくるのです。

 

 

「当事者」だったからできること

 

昔、元不登校として活動していた時、大人の人にこんなことを言っていました。

 

「私たちは当事者だからこそ、共感ができ寄り添えます。それが一番の強みです。」

 

今でもそう思うことがあります。

 

不登校だったり、引きこもりだったり、体罰を受けたり、辛い思い出を経たことで、

似たような経験をした子の気持ちが、経験していない人に比べて理解ができて共感ができます。

 

でも、いつまで通用するんだろうとも思ってます。

 

別に「当事者」にこだわり過ぎることもないんじゃないかとも考えました。

 

だから、ちょっと昔の「当事者」として、できることはなんだろう。

 

不登校生や生きづらさを抱える若い人に向けて、できることを増やすにはどうしよう。

 

と今は思っています。

 

現在進行形でやっていることでもっと役に立てそうなのは、

 

不登校ということに対し、不安になっている人に向けて、ロールモデルを発信すること。

これは、言葉の発信地ヒカリテラスでもやりたいことの1つです。

 

私の人生をもって、色んな人の生き方を教えてもらって、ロールモデルを増やしていきたいです。

 

不安の渦中に居る人には届きづらいかもしれません。でもスマホの画面で検索できるようになった時に届いてくれたら幸せかもなぁ……。

 

 

あとは、不登校生や子どもが持つ権利を学ぶこと。

 

私は「学ぶ権利」があり、学校でなくても勉強する機会は確保されることを知っていたラッキーな不登校生でした。

 

だから高校や大学に進学することもできました。(そうじゃなくても行けると思うけど。)

 

不登校生を持つ親御さんが陥ってしまうのは、

 

この先、息子さんや娘さんが生きていけるのだろうか、という心配からくる焦り。それによるプレッシャーかと思います。

(私の両親の例:「全日の高校行かなきゃ働けない」「通信制高校なんか卒業できない」「中卒なんか働き口がない」「学校にも通えないようじゃ社会で生きていけない」など)

 

親子共倒れになってしまいそうなくらい、家族みんなが精神的に苦しくなってしまいます。

 

それをサポートするための知識が必要で、その知識を発信できるようになりたいですね。私が救われたように。

 

 

あともう1つは、「生きづらさ」に関する知識をつけること。

(いや圧倒的にやりたいことだけど。ただの。)

 

理解することに置いて、知識や勉強は必要なことだと思っています。

これまでは「当事者」だからわかると疎かにしていたけど、「当事者」であることに慢心しすぎては良くないと思って、勉強しようと思いました。

 

特に「生きづらさ」と深く関わっているであろう「居場所コミュニティ」や「自己肯定感」についてはもっと文献を読み漁りたいです。

 

知識がつけば、より寄り添えるだけではなく、次に進むためのサポートを考えたり、手を差し伸べたりもできると思います。

 

今はこの状態だから、少し経過すればこれができるようになるかもしれないから勧めてみよう。みたいな思考が生まれたら強いなぁって感じです。()

 

 

 

 

当事者だったという肩書きに持たれすぎず、自分の気持ちや思いと勉強してつけた知識をもった大人になりたいってことです。

 

当事者であることは永遠に消えないと思います。今もなお、不登校だった時のトラウマに苦しんでいるのだから。

 

でも、当事者である意識は薄れていくかもしれません。記憶はわりと曖昧なので。

 

 

当事者であることは強いことには変わりはないけど、必殺技程度ではありません。

 

当事者だからといっても、それぞれの生き方があり、それぞれの苦しみがあり、それぞれの経験があるので、当てはまらなきゃ共感こそできません。

 

もう20になるし、私は「当事者」とは言い難くなってきたので、

「当事者」であることに慢心せず、知識をつけることで、更に考えて行動できたらなと思います。

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

やりたかったことを消化していこう。#言葉の発信地ヒカリテラス

こんにちは!

 

今日は、言葉の発信地ヒカリテラスの運営チームミーティングでした。

コロナの影響を考え、オンラインでの開催となりましたが…。コロナなんか気にせず、色んな場所でミーティングしたいんですけどね。

 

今回、言葉の発信地ヒカリテラスのプロジェクトとしては、2つの大きなチャレンジをしました。

 

 

言葉の発信地ヒカリテラスで始めたこと

 

1. 運営メンバーの募集。

 

中の話になりますが、言葉の発信地ヒカリテラスは新体制になりました。

 

以前は運営メンバーと照らし隊、みんなで一緒に運営から記事執筆まで取り組んできました。しかし、新体制からは運営チームと照らし隊を分けることにしました。

 

運営チームには、今まで私ひとりでやってきた作業を請け負ってもらい、

照らし隊には、記事執筆に注力してもらうことにしました。

 

独りよがりになってしまう私を変えたい。

チームの中で頼れる人を増やしたい。

みんなと一緒に作っていきたい。

 

そう思って、新体制になりました。

 

そのため、運営メンバーと照らし隊の募集を分けることになりました。

 

【運営メンバー募集!】一緒にヒカリテラスを作りませんか? | 言葉の発信地 ヒカリテラス|「生きづらい」にヒカリを届ける発信地

 

照らし隊の話

 

言葉の発信地ヒカリテラスは、照らし隊が居ないことには成り立ちません。

 

届けたい思いがなければ、心にヒカリを届ける言葉がなければ、言葉の発信地ヒカリテラスにはなれません。

 

だから照らし隊に参加してくれたからには、

届けたい思いを言葉に乗せたり、より「生きづらさ」に共感や理解を届ける言葉を引き出したり、そういうサポートをしたいです。

 

仮にも現在、ライターのお仕事をしているので、私の知識を照らし隊の人にあげられるようになりたいです。

 

待ってますね💕

「ヒカリテラス」で記事を書いてくれる人を募集します✨ | 言葉の発信地 ヒカリテラス|「生きづらい」にヒカリを届ける発信地

 

2. 記事の寄稿をスタート

 

また、言葉の発信地ヒカリテラスで記事の寄稿をスタートしました。プロジェクトチームに属さなくても、記事をウェブに載せることが出来るようになります。

 

これまでは、言葉の発信地ヒカリテラスで記事を書こうと思ったら、照らし隊に属さなくてはなりませんでした。

 

任意とは言え、月に1回ミーティングをおこないますし、ディスコードというアプリを使ってコミュニケーションを取ります。

 

でも記事の寄稿なら、気軽にこれらのハードルをくぐり抜けて、記事を提出できます。

 

実は、この記事の寄稿、私が1年前からやりたかったことでした。

 

会ったことのない人だから

ネットだけの関係性で信頼できないから

得体の知れない人たちで信用できないから

年齢や場所で参加が難しいから

 

色んな弊害があって、悔しくも参加できない人が何人かいました。

 

記事を書きたい

自分の経験を伝えたい

同じ境遇の人に届けたい

 

そんな強い思いを記事で届けたい、そんな時に記事の寄稿を思いつきました。

 

でも1年前は独りよがりだったし、大学入学で忙しいこともあり、着手できませんでした。

 

ようやく言葉の発信地ヒカリテラスの内情も落ち着き、私自身も覚悟ができたので、1年越しに念願が叶いました。

 

【記事寄稿スタート!】皆さんの記事をヒカリテラスに載せませんか? | 言葉の発信地 ヒカリテラス|「生きづらい」にヒカリを届ける発信地

 

やりたかったことを消化する

去年から言葉の発信地ヒカリテラスでお世話になっている子が

「やりたかったことやできなかったことを消化できる1年になるといいよね。」

と言ってくれたことがありました。

 

言葉の発信地ヒカリテラスで、やりたいことはたくさんあります。

 

動画や生配信で、音声メディアに挑戦したい

色んな場所に行きたい

イベントをやってみたい

 

でもキャパオーバーになってしまったり、忙しかったり、机上の空論で終わってしまいました。

 

その机上の空論を1人ではなくみんなで深掘りして、プランを立てて、アクションに起こせる土台はできてきました。

 

これからはみんなを頼ることで、今までやりたくてもできなかったことを消化できるようになりたいです。

 

みんながやりたいことも消化できるようになります。

 

言葉の発信地ヒカリテラスのみんな、本当にみんなよろしくね…😊😊😊

 

 

読んでくれた皆さんは温かく見守ってね…🥺🥺🥺

 

 

これからの言葉の発信地ヒカリテラスのアクションは、Twitterから確認してくださいね✨

 

言葉の発信地 ヒカリテラス (@hikari_terrace) on Twitter

 

それでは!をば!!!

 

4年目のくせに自己紹介する。

こんにちは。いつもお世話になっております。

ちはるです。

 

ぎゃーぎゃーと社会について、生きづらさについて、語ってるけど、お前何様?って思うかと思います。

 

Twitter見てもどんな人間かわからないと思います。

 

まぁ人間のほんの一部分ですからね。笑

 

来月から新学期にもなりますし、

これを機に私の存在を知ってもらい、あわよくば仲良くなれるといいなぁなんて、淡い希望を抱きながら

 

今回は、自己紹介をさせていただきます。ふふっ

 

基本プロフィール

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ちはるです。しがない女子大学生をしています。

4月からは大学2年生になります。胃痛が止まりません。

 

言葉の発信地ヒカリテラス言葉の発信地 ヒカリテラス|「生きづらい」にヒカリを届ける発信地)というところで代表と旗持ち係をしています。

 

大学では、法学部政治学の隅っこに生息。

日本の政治体制とか、政治とメディアの関わり合いや、憲法とか人権とか。そういう勉強をしてます。

 

それ以外では、独自に社会教育自殺対策コーチンの勉強もしてます。

 

大学の外では、お出かけメディアでインターンをしていて、ウェブ記事あたりをうろちょろしてます。

 

趣味は、物思いに耽けること、言葉と戯れること、可愛い女の子を見ること、人を眺めること、迷子になること。

 

最近はウィッグとカラコンにハマってます。カフェオレにもハマってます。いつかアフタヌーンティーに行きたいです。

 

できることは、記事を書くこと、チャンスに出くわすこと、心のワクワクで雨を降らせること。

 

性格は、きっと真面目。直感とひらめきで生きてます。絹豆腐メンタル保持者です。

 

夢は、

・幸せに生きて、死なないで良かったと思えるようになること。

生きづらさ に対して共感と理解が広がる柔らかい社会になること。

・日本全国に自己受容自己肯定感を高められる居場所をたくさん見つけること。

・わたしの感情を殺さずに生きること。

 

わたしの人生遍歴

(時間があれば読んでね♡)

・幼稚園〜中学生時代

あまりにも内向的な人間過ぎてか、よくいじめられてました。噛まれたり、叩かれたり。

 

それが嫌すぎて、小学校入学を機に明るい性格にシフト。クラスで人気の女の子を真似ていました。

 

数年やってると疲れるんですね。というか明るい性格になったところで、いじめられっ子は変わりませんでした。

 

小5になり、元の内向的な性格にシフトし、中学受験のため毎日のように塾に通うようになりました。

 

これまで仲良かった友達からのいじめに合います。今でもトラウマ。仲良しだと信じて疑わなかったからこそ、ショックだし辛いしで、学校に行けなくなりました。

 

先生に相談したはいいけど、言うことを聞いてくれないだけじゃなく、「濡れ衣着せたんだから、謝れ」と言ってきました。

 

もう心が折れ、誰も信用できなくなりました。

 

それでも、校長、教頭、担任、養護教諭の先生方は、毎朝家に来て、家に入って、無理やり車に乗せて学校に連れていきました。

 

この話は空中分解して、何も解決しないまま終わりました。

 

だから中学も学校不信、人間不信を引きずって、進学しました。

 

続きと詳しい話はこちらから。

不登校は私の原点です。 | 10代のためのウェブマガジン 青春基地

 

・中3〜高1の話

学校に3分の1しか行けてないので、いくら勉強できても進学が危うかったです。

 

でも、勉強したい!という思いは強かったので、猛勉強。見事、公立の国際科がある高校へ進学。

 

ここでハッピーエンドなら良かったのですが、学校不信と人間不信が再熱しました。

声が出なくなったり、激しい不安に襲われたり、希死念慮モクモクしました。

 

でもなんとか言葉を紡いで生きるという生きがいを手にして、生き延びることが出来ました。

 

・N高等学校に転入〜今

「どうしても学校に通えない、転校だ。」

金銭面でも直感でも良さそうだったN高等学校に転入することを決めました。

 

半年間、学校と両親との話し合いを重ねて、ようやく転入。滑り込みの1期生でした。

 

N高に転校してパンって何か弾けたんでしょうね。

 

高校2年生になり、色んな場所で活動する機会がありました。

 

・女の子向けウェブメディアのライター

・色んな高校への取材

自死防止イベントの講演

不登校や生きづらい人向けの交流会企画

不登校生向けの進路相談

 

高1の時に結局死ねなかったので、死なないで良かったと思えるようになるのに必死でした。

 

後悔しないように生きたいんです。

 

これの詳しい話はこちらから。

「死に損ない」が伝えたいこと《#言葉はキミのヒカリになれるのか》 | 言葉の発信地 ヒカリテラス|「生きづらい」にヒカリを届ける発信地

 

高校3年になってからは、

私が1番向いているであろう言葉というもので、「生きづらさ」に関してアプローチしようと思って、言葉の発信地ヒカリテラスを始めました。

 

その間にも

・地元で不登校生向けの交流会企画

・N高文化祭の実行委員

・生きづらさについての勉強

ずっとやってました。

 

大学受験もありましたが、どうしても言葉の発信地ヒカリテラスをやりたくて、

1番早く終わって、私の高校生活が生かせるであろうAO入試を選択。

 

見事、今の大学に合格しました。

進路決定のきっかけは

そういった社会の動きに大きく影響する、社会の骨組みである法を学ぶことが、生きづらい社会を解決する糸口になるかもと思い、進路を決めました。

18 - ちーちゃんのブログ。

 

なんやかんや大学に入学しました。

 

ずっとやりたかったメディアのインターンもできて、言葉の発信地ヒカリテラスも続けてます。

 

不登校新聞で取材されたり、しょこたんの本でインタビューされたり、NHKのラジオに出たり。

 

大学では、関心のあることを専門関係ありなしに好きなだけ勉強する毎日。

 

大学に入ると時間的な拘束がすごいので、ガツガツ行動はできてませんが、

 

社会教育不登校について、自己肯定感居場所について、生きづらさ自殺対策について、

色んな知識を取り込めるようになりました。

 

最後に

長々つらつらと失礼しました。

これまで私には何も無いと思っていましたが、あるじゃんと思って笑いました。

 

人生遍歴が痛いげなので、これ以上広めるのは控えようと思います。

過去の私が色んな場所で出しているので、覗いていただければ♡

 

色んな経験をしてきたけど、今の当事者の人の気持ちは100%わかりません。

当事者ではなく、経験者になりました。

 

だから、たくさん勉強して知識をつけることで、経験も知識も持った人になろうと思っています。

 

N高生の後輩たちや、

同じように色んな活動をしているかっこいい人たち、

生きづらさを持ってても頑張って生きてる勇者の人たち、

 

このブログやTwitterを通して、知り合えていることを嬉しく思います😊

 

いつもありがとう。

 

それでは、おやすみなさい🐻💕

わたしのお姉さまの話。#わたしなりの居場所論

かれこれ出会って3年ほど経っているのに、今でも繋がっている大切な私のお姉さまの話をします。

 

 

心のお姉さま

 

私には、大切なお姉さまが3人います。

 

家族ではありません、血は繋がっていません。

 

でも家族とはまた違った意味合いで、強い絆が存在していると思ってます。

 

友達やプロジェクトメンバー、なんていう軽い言葉では関係性が言い表せず、

 

共に生きていく仲間のようなそんな人たちです。

 

 

そんなお姉さまと出会ったのは、3年ほど前に行われていた「不登校オフ会」という不登校生と元不登校生の居場所イベントのような場所でした。

 

同じ境遇を持った仲間がいること、話が通じる人がいることに、私はちょっとした安心感を覚えました。

 

でもきっとそれだけだったら、私はお姉さまとここまでの関係性にはなっていなかったはずです。

 

 

だって、この「不登校オフ会」に参加しただけで、大切な人ができるのなら、

この「不登校オフ会」に参加した人全てが大切な人になっているはずだから。

 

 

なので考えました。どうしてお姉さまが大切だと思えるのか。

 

私の中で生まれた理由は3つでした。

 

1つめは、目標に向かって頑張ってきた仲間だから。

 

昔は不登校や生きづらさを持った人のための居場所づくりをやっていました。イベントを作ったり、発信したり。

何気ないことかもしれませんが、同じ目標に向かって頑張った過程があることで、大切だとかんじるようになったのだと思います。

 

2つめは、唯一私をさらけ出せて、受け止めてくれた人間だから。

 

私はこれまで感情を表に出すのが苦手で、ずっとニコニコしている人間でした。

私をさらけ出せるのは文章の中だけと思っていたけど、そんな私ごと受け止めてくれたのがお姉さまでした。

嫌いな私のこと、つまらない私のこと、受け止めてくれました。

 

普通なら邪険にされる内容でも「話してくれてありがとう」と言ってくれる…。

それは彼女たちが人の痛みを知っているからだと思うのです。

 

3つめは、私の良さを見つけてくれた人間だから。

 

彼女たちと出逢う前、私は何の取り柄もない最低な人間だと思ってました。

学校にも行けない、人も信用できない、協調性の欠けらもない人間で、だから最低だと。

 

だから、誰よりも努力をしなきゃいけないし、真っ当に生きなきゃいけないと。(今もそう思ってるけど)

 

何も無いと思っていた私に、

「言葉の力がある」「感受性豊かだよ」

そう教えてくれたのが彼女たちでした。

 

「こういうところが好きだよ」

と言ってくれたのが彼女たちでした。

 

私は、これからの人生を生きていくために必要なステップへ、お姉さまたちに連れて行ってもらいました。

 

だから、いくら時が流れても大切な人。

 

そんな彼女たちと出会えた居場所イベントは、私の人生をも変えてくれました。

 

 

まぁ、そういうわけで。

 

どうしてお姉さまの話を持ち出したかというと、何故、居場所と称したイベントが重要なのかって話をしたかったから。

 

ここからが本題です。

 

居場所イベントのある意味

 

私も昔やっていたのですが、居場所イベントというのは、社会一般的に見ると理解し難いものだと思います。

 

不登校同士で集まって何になるの?

傷の舐め合いばかりでどうなるの?

 

そうなるのも当たり前だと思います。

 

一見そう見えても仕方がないのですが、イベントの最中ではなく、イベントが終わったあとを見ることが大事だと思ってます。

 

何故かと言うと、居場所イベントの終着点は、イベントが終わってからの参加者の心境の変化にあるからです。

 

不登校生が不登校というキーワードに敏感になるのは、不登校である現状に不安や恐怖を抱いているからです。

 

そんな段階で、学校やフリースクールに通うことをすすめたり、不登校生向けの学習プログラムに参加させようとしても、難しいです。

 

だから居場所イベントで、不登校という共通点を持った仲間がいることを知り、共感をし合うことで、不安や恐怖を薄れさせることができるのです。

 

また、イベントを通じ色んな仲間と知り合うことで、私のお姉さまのような信頼できる人と出会える可能性も増えていきます。

 

不安や恐怖を軽減してから、はじめて前向きなアクションで動き出せるのだと思います。

 

これが居場所イベントの意味だと考えます。

 

だから、居場所イベントが終わったあと、

 

外に出られるようになりました!

進学に向けて塾に通い始めました!

イベントで出会った子とディズニー行ったよ!

 

そんな前向きに行動している姿を見られたら、それこそ居場所イベントを開催してよかったなと思うわけです。

 

 

 

最後に。

 

どんなことでも、段階を踏んで長い目で取り組むことが重要です。

 

例え、不登校支援であったり、自殺対策であったとしても。

 

そもそも、不登校になってドン底になったり、希死念慮バシバシになったりしてから、支援するようじゃ遅いと思うんです。

だから、段階を踏んで支援活動に取り組めない。

 

その場でアクシデントが起こり、いざ支援!という前にそもそもアクシデントが起きない予防を徹底すべきです。

 

だからちょっと生きづらいなぁと思うタイミングで、居場所イベントや知識をインプットすることが大切だと感じます( ・8・ )

 

 

なので、居場所イベントがさらに増えて、色んな場所で開催されるといいなぁと思いました!

 

それではおやすみなさい🦦🦦🦦

 

 

「ともだち」が怖いって話。

こんにちは!

今日は中学の頃から仲良しだった子と「Flowers by Naked」というイベントに行ってきました。

 

このイベントは昔から行きたいと願っていて、ようやく念願が叶いました。

わがまま聞いてくれて本当に嬉しい……。

 

さてさて、今日は「ともだち」という表現について思ってること書かせてくださいね。

 

「ともだち」って怖い。

私は「ともだち」という言葉に恐怖心を持っています。

 

小学校の頃に1番仲良かった「ともだち」にいじめられてから、

「ともだち」という存在を作ることを放棄してきたからです。

 

どうせ裏切られて心が痛むのなら、もう要らない

 

「ともだち」なんて信用できない

 

なんて思いながら過ごしていました。

 

(「そんな昔のこと、いつまで引きずってんの?笑」と思う方もいるかと思いますが、人間って嫌な思い出ほどしぶとく残り続けるものですよ。ふふ。)

 

 

でも高校を転校して、その考えを変えてくれるような出会いがありました。

 

一緒にいるだけで楽しかったり、心が落ち着いたり、素の自分を出せたり、そういう人達とたくさん出会いました。

 

これが「ともだち」ってことなのかなぁと思うようになったわけです。

 

でも「ともだち」ってどうなれば「ともだち」なんだろうと考えるようになりました。

 

「ともだち」という表現は、人によって尺度が全然違くて、

 

もし仮に自分自身が「ともだち」だと思っていたとしても、相手は「ともだち」ではなく「顔見知り」や「知り合い」という関係だと思ってる場合もあるなぁと。

 

だから簡単に「ともだち」という表現を使えなくなりました。

 

自分だけが「ともだち」だと思ってて、相手に迷惑かけるのは嫌だから。

 

「ともだち」だと思ってても相手がそうでなかったら、傷つくのは自分だから。

 

そもそも「ともだち」と特別な目線で見て、また裏切られたり、嫌われたら、また人を信用できなくなるから。

 

こういうブログやTwitter、全く関係ない第三者との会話など、文字数が限られたり、「ともだち」だと思っている人の視線がない場合は、

便宜上「ともだち」という表現を使いますが、

 

実際、「ともだち」という表現を使ったり、「ともだち」と思うことをやめました。

 

人を信用することが難しい私にとっては、「ともだち」という表現はハードルが高すぎるのです。

 

「ともだち」を使ってないから、嫌いというわけじゃない

 

ただ「ともだち」という表現を使わないからと言って、色んな人に無関心とか信用したくないとかってわけではないのです。

 

むしろ、関心があり、信用したいと思っているからこそ、「ともだち」という表現ができないのです。

 

だから「ともだち」と思うことができないのです。

 

私の中で、そういう人たちのことは「ともだち」ではない言葉で表してます。(思ってます。)

 

例えば、

言葉の発信地ヒカリテラスやまぶぃーずのメンバーのことは、「仲間」「大切な人」と表します。

マイプロで出会った人たちもそう思ってます。

 

学校でのそういう類いの人のことは、「仲良くしてくれる子」「仲良くなりたい子」と表します。

 

そうやって考えると「ともだち」と思っていることに違いはないのですが、

「ともだち」という表現に対して、あまりにも恐怖心が強く使いづらいです。

 

だから今回も、「友達」ではなく「ともだち」という言葉を使ってるんです。

 

 

ただもう最近、大学の交友関係に関しては「仲良くなりたい」とも思ってはいけないんじゃないかと考えてしまうほど、恐怖と不安でいっぱいです。

 

仲良くなりたいけど、ともだちを作ろう、信用しようと働きかけたことがないから、どうしたらいいかわからないでいます。

 

迷惑なんじゃないかな、ウザイんじゃないかな、とか考えれば考えるほど、ドツボにハマって動けません。これが今の状況です。

 

こういう感じで思っていることと裏腹に進んでいってしまうこともわかってるんですがねぇ〜…笑

 

どうしたら「ともだち」って思えるようになるんだろう

 

どうしたら「ともだち」として関われるようになるんだろう

 

悩みは尽きません。2年生になる前に干からびちゃいそうだ。

 

 

人間関係って本当に難しいですね。常に感じてます。

 

 

おやすみなさい。!

 

社会の隅っこに居場所を作る

昨日のヒカリテラスのラジオで話したこと。

 

「社会に生きる多くの人に理解に求めるより、社会の隅っこにいる共感してくれる居場所を作ること」

 

社会には色んな人が生きていて、

一人ひとり、それぞれが色んな価値観を持っている。

 

社会的マイノリティと呼ばれるものを

嫌ったり、知ろうとしなかったり、拒絶したり、

そういう人もいっぱいいる。

 

私が感じている生きづらさにだって、

色んなところで発信すれば

離れていく人も、陰口を言う人も、

いたかもしれないし、いるかもしれない。

 

 

私が活動している言葉の発信地ヒカリテラス

「生きづらさ」に関する共感と理解を増やし広げるためのメディアづくりをしている。

 

当事者や経験者がどういう気持ちや思いでこれまで過ごしてきたのか、乗り越えてきたのか。

 

今、生きづらさを抱えて苦しんでいる人の心に寄り添い、その人の行動のちょっとした勇気になれるような言葉を発信しようと動いてきた。

 

なんで始めたのか。

 

色んな人には神様にこれをやりなさいって言われたような気がした、なんて話しているけど。

 

1番、私が必要としていたからなのかもしれない。と最近は思う。

 

 

言葉を紡いで、それが誰かに届いて、気持ちや思いが共有できたら、

たとえ近くに居なくても、仲間を感じられる。

わかってくれる(かもしれない)居場所を感じられる。

 

ベッドの中では孤独で、学校やバイト先では信用できる人がいなくなって、

言葉を介せば、そこに居場所を感じられる。人の温かさを感じられる。

 

そんな居場所を私が1番欲していたのかもしれない。

 

 

活動をする、何かを団体を作る、プロジェクトを立ち上げる。

 

何か社会のために動きたかったのか、

社会に投げかけたかったのか、

多分聞かれるだろうし、

 

きっとあの子はそうだろう

と思われるんだろうけど。

 

3割は正解で、7割は間違いな気がする。

 

生きづらさを見向きもしない、隅っこに追いやる、関係ないと思ってる社会の大多数に

「本当にそうなの?多分そうじゃないよ」って問いかけたいと立っている私もいる。

 

でも、生きづらさを抱えて苦しんでいる人、でも頑張りたい、前を向きたいと思っている人に対して、

「私も一緒だよ、仲間だよ」って手を繋ぎたいと思っている私もいる。

 

 

言葉の発信地ヒカリテラスは、

社会の真ん中に「生きづらさって簡単に起こりうるものなんです!」って問いかけて、投げかける発信地。

でも本当は、表には見えない生きづらさを抱えた人に「ここに仲間がいるよ」って手を差し伸べられる言葉の居場所。

 

そういう場所にしたいな。

 

 

社会の真ん中は空気が薄くて居れなくても、

社会の隅っこに居場所があれば、仲間がいれば、

私は頑張って生きたいと思う。のかも。

 

 

だから、私は社会の隅っこに居場所を作れる人になりたい。

 

 

 

最近ね、

私が持ってる生きづらさをひた隠しにして生きてる。

 

今過ごしている環境に、持ってる生きづらさを理解してくれる人がいないと思っているから。

 

これを表に出したら、

嫌われるんじゃないか、離れていくんじゃないか、チャンスが掴めないんじゃないか、

そう思っているから。

 

毎日、不安と恐怖と隣合わせで生きてる。

いつか正体がバレるんじゃないか、その時はもうその場に居られないんじゃないか。

 

生きづらさをひた隠しにすればするほど、

不安と恐怖は大きくなっていく。

 

大きくなると、本来出せる力が出せなくなっていく。

 

実力のない人間なんか要らない。そうなれば簡単に私は捨てられてしまうんじゃないか。

 

毎日、不安で堪らなくて。

日に日に生きていくのに自信がなくなっていく。

 

 

でもね、おかしな話じゃない?

私の気持ちを多くの人に理解されないから、ひた隠しにするなんて。

 

色んな人間がいるんだから、理解されない人間も居たって当然だよね。

 

理解するしないは自由だけど、

この気持ちや思いを出すことだって、感じることだって自由だよね。

 

ポジティブであるべき!前向きであるべき!

そうやって世間は言うけど、

 

ネガティブはダメなの?後ろ向きはダメなの?

 

感情とか気持ちに良い悪いなんてないはずなのに。

 

 

でも結局、社会の動きは圧倒的にポジティブ信仰

それもあって、生きづらいは吐き出せない。(原因のひとつに過ぎないけど)

 

真ん中では叫べないけど、隅っこなら吐き出せる居場所を作れるかも。

 

何を伝えたいかわかんなくなったけど、そういう気持ちでいる。