ちーちゃんのブログ。

元不登校が伝えたい気持ちや日々思っていることを綴ります

私という者について その2

こんにちは!すーです。

今日は前回の続きです。長くなりそうなので気長に読んでくれると嬉しいです。

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不登校というものになってからは、毎日のように先生が家まで来るようになり怖いと思いながら自室に籠るようになりました。外に出ることが怖くなりました。そのせいか塾に行くのも止め、中学受験することも諦めました。

そんな私でも通うことが出来たのが小1の頃から通っていた英会話教室でした。週1回の英会話のレッスンは唯一私が外に出る機会、そして私の憩いの場でした。レッスンを受けるうちに「やっぱり外国語に力を入れているあの中学校に行きたい」と思い、もう一度中学受験することを決めました。

それからは学校に行かない代わりに塾で午後1時から午後5時まで自習をして午後5時半から塾の授業を受けることにしました。

そして1月、入試を受けました。結果は1次試験だけとおり、面接で落ちました。落ちると分かっていながら受けた入試でしたが、やっぱり悔しくてたくさん泣きました。そして地元の中学校に入学することに決まりました。

嫌がらせの件が解決していないまま入学することは自分にとって少し不安でした。でも塾の友達も地元の中学校に入学すると聞いて「あの子も落ちたのか」と少し残念に思う一方で少しほっとしました。

そして春、私は小学校の卒業式には出席しないまま卒業して私は中学生になりました。

中学校では普段の自分では友達がつくれないと思い、小学生の時以上に性格を学校モードに変えて慣れない自分の性格に疲れ果てて家に帰ったらご飯も食べずに寝るという生活をしてました。

日が経つにつれて、学校モードの性格で一日を過ごすのはとても難しくどれが本当の自分なんだろうと迷うようになり素の自分を見失いました。そうするうちに「どうでもいいや。全てテキトウでいいや。」と思うようになり学校に行くのをやめました。そしてまた不登校になりました。それは中1の11月くらいのことでした。

不登校の間、私は元々学校に馴染めない性質をもっているのではないか、高校になったら馴染めない性質も直るのではないか、どうやったら無理せず学校に行けるのか、など色々考えました。でも、答えは出ませんでした。

学校に行ったり、行かなかったりを繰り返し、そうこうしているうちに中2になりました。

中2こそはちゃんと学校に行こうと決意しました。そんな私にチャンスが舞い込んできます。それは市のオーストラリア国際交流派遣団への募集でした。私は知らない街で知らない人と交流することで見失っていた自分の存在や新しい自分に出会えるのではと思い、国際交流派遣団に応募しました。結果は合格。派遣団の一員になりました。

派遣団員同士の交流は苦ではありませんでしたし、オーストラリアに行く前のレッスンもとても楽しかったです。

そして7月、私は派遣団員としてオーストラリアへ飛び立ちました。オーストラリアの海は私の心を感動させましたし、地元の学生の日本への関心の高さには驚きました。また、自分の意見をはっきりと伝えられる、自分の個性を持っている地元の学生達に憧れを抱きました。その時私は、自分の意見や気持ちをはっきり伝えられる人間になろうと思います。そして、たくさんの思い出と経験をもって日本へ帰りました。

2学期に入って、友達からオーストラリアのことについて聞かれいろんな話をしました。また、私がオーストラリアに行ったことをよく思っていない人から悪口を言われたり、悪い噂を流されるようになりました。それがエスカレートしていくと心がズタボロになり、先生に相談しました。先生は「そんな噂は気にするな」それだけでした。「やっぱり教師は助けてくれないんだ」 以前から学校を信用していませんでしたが、少し裏切られた気がしました。先生の言う通り、気にしないようにしてても私の悪い噂は耳に入ってきます。悪い噂を耳にする度、心の傷がもっとえぐられるような気持ちでした。私は耐えきれなくなり、また学校に行くのをやめました。

どうしてこんなにも自分は弱いんだろうとどんどん自分を追い詰めていきました。そして中3で最後だし、受験もあるからと中3こそはちゃんと学校に行こうと決意しました。

中3はクラスメイトに恵まれて、小中学校生活の中で一番過ごしやすい1年でした。ちょくちょく学校を休んでいた私は内申が低く、当日の試験で頑張るしかないのでひたすら勉強しました。新しく塾にも入りました。(前の塾は中学受験が終わったあとやめました)そこで同じ中学校の友達が出来ます。その子は今では本音で話すことができる大事な友達だと思ってます。

私の志望校は地元の英語科のある公立高校でした。学力は足りていたものの内申があまりにも無いため、滑り止めの私立高校を3校受けました。結果は公立も滑り止めの高校も全て受かりました。高校生になったら学校に馴染めるようになるのではとおもっていたのでとてもワクワクしていました。

そして春、中学校を卒業して高校生になることが出来ました。

でも、私は学校に馴染めませんでした。どうしてみんなのように過ごしているのに馴染めないんだろうと怖くなりました。学校に行くのが不安でたまりませんでした。不安でしかたがなくて声が出なくなりました。英語の授業では発音の練習や英語で討論したりしなくてはいけないため、声が出ないのは私にとって致命的でした。そうなるのであればこの学校にいる意味がない。更に自分にとって辛いことを消し去るようになりました。学校の授業もクラスメイトや先生の顔も学校での思い出も思い出せなくなってました。テストの点数もガタ落ち。こんな自分がこの高校にいたらダメだと思い、学校を休みはじめました。

そんな不登校の私が唯一率先してやっていたものがありました。それは文章を書くことです。自分は声に出して気持ちを伝えることは出来ないけど、文章にのせて伝えることはできる。だからひたすら自分の思いを文章にして書いていました。そして文章を書くということを社会に触れるためのツールとして使うことにしました。学生ライターを募集しているところを探しているうちに青春基地という所にたどりつきました。

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